<北朝鮮>平壌に行って見えること見えないこと 主観的印象論を排すために(8) 平壌市民はどんな暮らしをしているか(上)コメ1キロも買えず意味失った公定給与(アジアプレス・ネットワーク)



人民に、食糧をはじめ、生活必需品や住宅、教育、交通、娯楽、医療サービスなどを安く、平等に提供する北朝鮮の配給制度は、1990年代中盤にほぼ破綻してしまった。1980年代後半に地方から始まった配給麻痺の波は、1997年頃、遂には平壌にも到達し、首都でも庶民層に餓死者が出る惨状を呈した。この90年代後半の大社会パニック期のことを北朝鮮では「苦難の行軍」と呼ぶ。
※この時期の回想は 「『苦難の行軍』とは何だったのか? ある脱北知識人が経験した飢饉の正体」としてアジアプレスネットワークのサイトで連載しているので参照されたい。

最悪期を脱した後、2000年頃から平壌居住者に対しては食糧配給が限定的に復活している。今では、平壌は食糧配給が維持されている唯一の地域である。中身は、概ね米と雑穀混じりで、質的には市場で売られているものよりずいぶん悪く、量的にも配給だけではまったく足りないため、不足分は市場で現金で買うことになる。

石鹸や靴下などの日常の消耗品や副食の配給は、金日成、金正日の誕生日のような祝日に少しある程度で、やはり市場で現金で買うしかない。肉、魚、野菜から副食まで配給があるのは党、軍、行政のごく一部の最高級幹部だけだ。

北朝鮮の公定の給与体系は、平壌市に住む党や軍の幹部でも月給3000~1万ウォン程度である。平壌出身の脱北者の白昌龍(ぺク・チャンリョン)氏は、2009年まで教育関係機関に勤めていた。彼の月給は2000ウォン、ある大学の知り合いの学長の月給は7000ウォンだったという。この公定の給与水準は2017年時点でも大きく変化はない。

この公定給与は日本円換算していくらになるか? 2017年2月末時点の北朝鮮ウォンの実勢レートは、1日本円=75ウォン。つまりペク氏の月給2000ウォンは日本円で約26円、学長の7000ウォンは93円に過ぎないのだ。本文:2,897文字
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