1073日間待ち望んだセウォル号引き揚げが先送りになってきた理由とは(ハンギョレ新聞)



「政府、セウォル号の口に出すことすら憚った」

 3年ぶりに水面上に姿を現したセウォル号を目の当たりにしながら、ほとんどの人が「どうして今になって(引き揚げられるのか)」という反応を示すと共に、引き揚げが遅れた理由について疑問を呈している。惨事初期、行方不明者の遺体捜索のため、家族らが引き揚げに反対したのは事実だ。しかし、行方不明者の遺体捜索を終了した後も、引き揚げを正式に決定するまで6カ月もかかった点や政府・与党の関係者が引き揚げに否定的な意見を数回表明したことなどから、「引き揚げを先送りしたのではないか」という疑惑の声が高まっている。

■初期には引き揚げよりも遺体捜索

 2014年10月27日、全羅南道珍島(チンド)に滞在していたセウォル号行方不明者の家族は船体の引き揚げを進めないことにした。無記名投票による決定だった。水中捜索を通じて行方不明者の遺体を発見できる可能性がまだ残っていると判断したからだ。実際この決定の翌日、295人目の犠牲者の遺体が発見された。しかし、それ以降、成果はなかった。冬が近づくにつれ、捜索は困難になり、結局家族たちは捜索の終了に合意した。2014年11月11日のことだった。

 捜索中止直後から犠牲者家族らは「早急な引き揚げ」を要求した。政府は、船体引き揚げを検討する「セウォル号の船体処理関連タスクフォース」を構成した。しかし、引き揚げの決定が発表されたのは、翌年の4月22日だった。その間、保守マスコミと政府与党からは「引き揚げは税金の無駄遣い」との声が高まった。

 決定が“遅れた”の公式理由は「技術的検討」のためだ。しかし、朴槿恵(パク・クネ)大統領と大統領府が、セウォル号惨事自体に触れようとしなかった雰囲気も一因であったとみられる。実際、正しい政党の劉承ミン(ユ・スンミン)議員は23日、党の連席会議で「2年前、私が院内代表に就任した直後、セウォル号問題を議題にした。政府与党と大統領府との会議で『セウォル号の船体は必ず引き揚げられなければならない』と主張した。しかし、当時、政府はセウォル号問題について口に出すことすら憚った」と話した。当時、大統領府で勤めていたある参謀は、ハンギョレとの電話インタビューで、「当時、セウォル号惨事の収拾だけでなく、『大統領府がコントロールタワーではない』とか、『7時間疑惑』など次から次へと続く批判にさらされて、6カ月間ほとんど仕事ができなかった。他の至急な国政課題も多かったため、大統領府や政府レベルでは(引き揚げずに)早く終わらせたがる雰囲気があった」と話した。政界と保守団体から遺族の要求を「補償金要求」として批判したり、引き揚げ作業の費用問題を提起する声が広がったのも(引き揚げの先送りを促す)要因となった。

■準備不足で右往左往

 2015年4月に正式に引き揚げを発表する際、政府は「会社の選定に1年~1年6カ月はかかる」として、2016年6月から12月の間を引き揚げが可能な時期として挙げた。当初の予想より遅れたのは政府の不十分な事前調査と判断ミスによるものと指摘される。

 引き揚げ作業の核心は、引き揚げ用構造物である「リフティングビーム」の設置だった。引き揚げ業者に選定された上海サルベージは昨年3月から本格的に引き揚げ作業を始め、同年7月、船首にリフティングビームを差し込むことに成功した。しかし、船尾でリフティングビームの設置作業が遅れた。セウォル号の船尾下部を掘削した後、リフティングビームを設置する計画だったが、船尾周辺の堆積層がコンクリートのように固く、不規則で、作業が進まなかった。海水部は昨年10月末、従来の掘削方式の代わりに船尾を少し持ち上げた後、リフティングビームをはさむ「船尾揚げ」に工程を変更し、昨年末になってようやくリフティングビームの設置を終えた。

 残りの日程もこじれ始めた。当初はリフティングビームを設置した後、ワイヤーを繋いで海上クレーンで持ちあげる計画だった。しかし、引き揚げの時期が冬に持ち越されたことで、風が強い冬に危険な海上クレーンを使用できなくなった。海水部は海上クレーンを「ジャッキングバージ船」に、フローティング・ドックを「半潜水式船舶」にそれぞれ変更した。バージ船と半潜水式の船舶を用意するための時間がさらにかかった。

 特別調査委員会真相究明小委院長(常任委員)を務めたクォン・ヨンビン弁護士は「近く構成される船体調査委員会で、引き揚げの過程に問題はなかったか調査しなければならない」と話した。

キム・ジフン、キム・ソヨン、ソク、ジンファン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)



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