(朝鮮日報日本語版) 【コラム】韓国社会の職業倫理、このまま放置するな(朝鮮日報日本語版)



 給油船「ミョンジン15号」は13ノットで航行していた。これは時速24キロメートルに相当する。仁川港を出発して始華防潮堤沖を通過する時の速度は10ノットだった。水面下に暗礁が点在している狭水路では速度を高めた。その時間帯、その場所は釣り船が頻繁に行き来する。給油船の船長は右前方に同じ方向に進む釣り船「ソンチャン1号」を見つけた。釣り船の速度は10ノット。このまま行けば釣り船に追い付いて衝突する。この時、船長は「向こうが気付いてよけていくだろう」と考えたという。

 釣り船の上で給油船の明かりを最初に見たのはデッキにいた数人だった。船内からは見えなかった。彼らが明かりを見て1分後に衝突した。生存者は「暗闇の中から巨大な何かが突然現れ、船尾に衝突した」と言った。デッキの釣り客ははじき飛ばされ、船内の釣り客は閉じ込められた。黒い海に消えた釣り船の船長は二日後、流されて干潟で遺体となって発見された。9.77トンと336トン。釣り船と給油船の重さには34倍もの差があった。

 事故のニュースを聞いて、給油船の船長が思ったという「向こうが気付いてよけていくだろう」という言葉をあらためて考えてみた。恐ろしいことだ。トラック運転手が乗用車に、乗用車ドライバーが二輪車に、二輪車ライダーが通行人に対してよく思うことではないだろうか。高速道路でごう音を響かせて割り込むトラックを見るたび、「死にたくなければどけ!」という運転手の怒鳴り声が幻聴のように聞こえてくる。陸でも海でも交通における基本倫理は「強者の弱者に対する配慮」だ。給油船船長に職業倫理があったなら、釣り船を見た瞬間、速度を落としていただろうし、15人が海に放り出されるようなことはなかっただろう。

 貨客船「セウォル号」事故後も韓国社会は何一つ変わっていないと言われる。私はこの意見に同意しない。今回の事故では、船舶の改造や過積載など以前はよく見られた違法行為は見つかっていない。出港手続きを問題なく終え、釣り客は救命胴衣を身に着けていた。海洋警察署もマニュアルを熟知していたし、釣り客の救助にも滞りはなかった。セウォル号事故時より改善されているのだ。救助船出動や到着に時間がかかったという技術的な問題や、中大型船の狭水路航行を許可したという制度的な問題は、今回の事故を機に改善すればいい。セウォル号事故後、ほとんど変わっていないのは設備や制度ではなく、それを扱う人の職業倫理だ。

 陸でも、韓国では大型バスが乗用車にぶつかる事故を頻繁に目にする。国産バスの性能は世界レベルだ。車輪やブレーキ装置が破裂して事故が発生したという話は聞いたことがない。十中八九、バス運転手の居眠りが悲惨な事故を招いている。大型車はひとたび事故を起こせば「大量破壊兵器」になりかねないから、その運転手の職業倫理に注目すべきだ。規則正しい生活をしているかどうか、飲酒がすぎてはいないか、業務上の規則を守っているかどうか。しかし、取材はいつも壁にぶつかる。本人はもちろん、同僚もほとんどが、すべての責任を眠気を招く制度のせいにするためだ。そうなると、メディアは悲痛な死を遂げた犠牲者の無念さではなく、加害者が所属している集団の制度的処遇改善を叫ぶ。少し前から韓国社会は個人の過ちを国の過ちにすり変える「ウルトラC」並みのとんでもない技を使うようになった。

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